数ヶ月前、自分はFACE BOOKが大好きだと言うフィンランド人のウェッブ
関係者を囲んで、FACE BOOKについて何人かで話しをしていた時のことで
す。ほかのソーシャルネットワーキングとの違いは?具体的にどんなところ
が好きなのか?と矢継ぎ早の私の質問に対し、彼女がニッコリ微笑んで言い
ました。「自分でもよく分からないんだけど、単にFACE BOOKそのものが
持つ『nature』が好きなのね」と。ともすると矛盾のように聞こえるこの
natureという言葉が、なぜかそれ以来とても気になっていました。そうし
てるうちに、以前から私が考えあぐねていた日本語で言うところの「性
(さが)」という言葉こそが、それに当たることを自然に理解しはじめてい
ました。……という前置きを踏まえて。そんな最近、私はラース・フォン・
トリアー監督の「アンチ・クライスト」を観ました。前述の一考を証明する
かのように、natureはまさに「性(さが)」であり、果ては「人間」であ
るということ。究極は、ご存知「人間だもの…」に尽きるということ。また
タイトルの「アンチ・クライスト」は=デーモンであるというのがカソリッ
クの解釈であり、ホラー的な文脈でこのストーリーを捉えることも出来る。
でもこの結末に対してこれまたやはり矛盾して聞こえるかも知れないけど、
見終わったあとに不思議なほど何かに救われたような清々しい気分の自分に
気付き、クライストでもデーモンでもなく、もしも人間(nature)という
考え方が人間(nature)を救うという意味だとしたら、このタイトルは、
まるっきり真っ当にめちゃめちゃ正しいと日本人的(または相田的)解釈を
もって、しばらくの間ひとりうなずいていたのでした。ラース・フォン・ト
リアー監督、誰がなんと言っても私は信奉者です。